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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)2614号 判決

昭和五五年(ワ)第三六七号事件原告 堀越正義

〈ほか二一名〉

同年(ワ)第三六八号事件原告 前川河香志

〈ほか一九名〉

同年(ワ)第三六九号事件原告 今関美雪

〈ほか二名〉

同年(ワ)第三七一号事件原告 林實

〈ほか一〇名〉

同年(ワ)第二六一四号事件原告 奥山香二郎

〈ほか六名〉

右六三名訴訟代理人弁護士 新井章

同 大森典子

同 江森民夫

右新井章訴訟復代理人弁護士 加藤文也

同 齋藤豊

昭和五五年(ワ)第三六七号ないし第三六九号事件、同年(ワ)第三七一号事件及び同年(ワ)第二六一四号事件被告 日本住宅公団訴訟承継人 住宅・都市整備公団

右代表者総裁 志村清一

右訴訟代理人弁護士 鵜澤晋

同 草野治彦

同 大橋弘利

昭和五五年(ワ)第三六七号事件被告 萬世ビル株式会社

右代表者代表取締役 乙黒重朗

同年(ワ)第三六八号事件被告 株式会社能澤製作所

右代表者代表取締役 能澤敬次

右同事件被告 日東地所株式会社

右代表者代表取締役 中島たい

同年(ワ)第三七一号事件被告 吉川印刷株式会社

右代表者代表取締役 吉川堯雄

右四名訴訟代理人弁護士 片山繁男

同 片山和英

同年(ワ)第三六九号事件被告 寺田満男

右訴訟代理人弁護士 寺田勇彦

同年(ワ)第二六一四号事件被告 協和電設株式会社

右代表者代表取締役 中村日出男

右訴訟代理人弁護士 楢原英太郎

右訴訟復代理人弁護士 今出川幸寛

同 井花久守

主文

一  昭和五五年(ワ)第三六七号事件原告らの訴並びに同年(ワ)第三六八号、第三六九号、第三七一号及び第二六一四号事件原告らの変更前の訴は、いずれも却下する。

二  昭和五五年(ワ)第三六八号、第三六九号、第三七一号及び第二六一四号事件原告らの変更後の訴は、いずれも却下する。

三  訴訟費用は、右各事件を通じ、原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  昭和五五年(ワ)第三六七号事件(以下「第一事件」という。)

(一) 第一事件原告らと被告住宅・都市整備公団(以下「被告公団」という。)との間において、同被告は、承継前被告日本住宅公団(以下「旧公団」という。)が第一事件被告萬世ビル株式会社(以下「被告萬世ビル」という。)と昭和五四年一月一八日に締結した訴訟上の和解(以下「本件和解(一)」という。)に基づいて被告萬世ビルに対して別紙物件目録記載(一)の建物(以下「本件建物(一)」という。)の所有権を移転する義務のないことを確認する。

(二) 第一事件原告らと被告萬世ビルとの間において、同被告は、本件和解(一)に基づいて被告公団に対して本件建物(一)の所有権の移転を請求する債権を有しないことを確認する。

(三) 訴訟費用は、被告公団及び被告萬世ビルの負担とする。

2  昭和五五年(ワ)第三六八号事件(以下「第二事件」という。)

(一) 訴変更前の請求の趣旨

(1) 第二事件原告らと被告公団との間において、被告公団は、旧公団が第二事件被告株式会社能澤製作所(以下「被告能澤製作所」という。)及び被告日東地所株式会社(以下「被告日東地所」という。)と昭和五四年一月一八日に締結した訴訟上の和解(以下「本件和解(二)」という。)に基づいて被告能澤製作所及び被告日東地所に対して別紙物件目録記載(二)の建物(以下「本件建物(二)」という。)の所有権を移転する義務のないことを確認する。

(2) 第二事件原告らと被告能澤製作所及び被告日東地所との間において、同被告らは、本件和解(二)に基づいて被告公団に対して本件建物(二)の所有権の移転を請求する債権を有しないことを確認する。

(3) 訴訟費用は、被告公団、被告能澤製作所及び被告日東地所の負担とする。

(二) 訴変更後の請求の趣旨

(1) 第二事件原告らそれぞれと被告公団との間に、別紙賃貸借契約一覧表(以下「一覧表」という。)記載(二)の各居室について、同表(二)の契約年月日欄記載の各年月日に締結した賃貸借契約が存在することを確認する。

(2) 第二事件原告らそれぞれと被告能澤製作所及び被告日東地所との間に、一覧表記載(二)の各居室について、同被告らが昭和五七年一月一八日に被告公団から賃貸人の地位を譲り受けたことによる賃貸借契約が存在しないことを確認する。

(3) (一)(3)に同じ

3  昭和五五年(ワ)第三六九号事件(以下「第三事件」という。)

(一) 訴変更前の請求の趣旨

(1) 第三事件原告らと被告公団との間において、同被告は、旧公団が同事件被告寺田満男(以下「被告寺田」という。)と昭和五四年一月一八日に締結した訴訟上の和解(以下「本件和解(三)」という。)に基づいて被告寺田に対して別紙物件目録記載(三)の建物(以下「本件建物(三)」という。)の所有権を移転する義務のないことを確認する。

(2) 第三事件原告らと被告寺田との間において、同被告は、本件和解(三)に基づいて被告公団に対して本件建物(三)の所有権の移転を請求する債権を有しないことを確認する。

(3) 訴訟費用は、被告公団及び被告寺田の負担とする。

(二) 訴変更後の請求の趣旨

(1) 第三事件原告らそれぞれと被告公団との間に、一覧表記載(三)の各居室について、同表(三)の契約年月日欄記載の各年月日に締結した賃貸借契約が存在することを確認する。

(2) 第三事件原告らそれぞれと被告寺田との間に、一覧表記載(三)の各居室について、同被告が昭和五七年一月一八日に被告公団から賃貸人の地位を譲り受けたことによる賃貸借契約が存在しないことを確認する。

(3) (一)(3)に同じ

4  昭和五五年(ワ)第三七一号事件(以下「第四事件」という。)

(一) 訴変更前の請求の趣旨

(1) 第四事件原告らと被告公団との間において、被告公団は、旧公団が第四事件被告吉川印刷株式会社(以下「被告吉川印刷」という。)と昭和五四年一月一八日に締結した訴訟上の和解(以下「本件和解(四)」という。)に基づいて被告吉川印刷に対して別紙物件目録記載(四)の建物(以下「本件建物(四)」という。)の所有権を移転する義務のないことを確認する。

(2) 第四事件原告らと被告吉川印刷との間において、同被告は、本件和解(四)に基づいて被告公団に対して本件建物(四)の所有権の移転を請求する債権を有しないことを確認する。

(3) 訴訟費用は、被告公団及び被告吉川印刷の負担とする。

(二) 訴変更後の請求の趣旨

(1) 第四事件原告らそれぞれと被告公団との間に、一覧表記載(四)の各居室について、同表(四)の契約年月日欄記載の各年月日に締結した賃貸借契約が存在することを確認する。

(2) 第四事件原告らと被告吉川印刷との間に、一覧表記載(四)の各居室について、同被告が昭和五七年一月一八日に被告公団から賃貸人の地位を譲り受けたことによる賃貸借契約が存在しないことを確認する。

(3) (一)(3)に同じ

5  昭和五五年(ワ)第二六一四号事件(以下「第五事件」という。)

(一) 訴変更前の請求の趣旨

(1) 第五事件原告らと被告公団との間において、被告公団は、旧公団が同事件被告協和電設株式会社(以下「被告協和電設」という。)と昭和五四年三月一五日に締結した売買契約(以下「本件売買契約」という。)に基づいて被告協和電設に対して別紙物件目録記載(五)の建物(以下「本件建物(五)」という。)の所有権を移転する義務のないことを確認する。

(2) 第五事件原告らと被告協和電設との間において、同被告は、本件売買契約に基づいて被告公団に対して本件建物(五)の所有権の移転を請求する債権を有しないことを確認する。

(3) 訴訟費用は、被告公団及び被告協和電設の負担とする。

(二) 訴変更後の請求の趣旨

(1) 第五事件原告らそれぞれと被告公団との間に、一覧表記載(五)の各居室について、同表(五)の契約年月日欄記載の各年月日に締結した賃貸借契約が存在することを確認する。

(2) 第五事件原告らそれぞれと被告協和電設との間に、一覧表記載(五)の各居室について、同被告が昭和五七年五月一八日に被告公団から賃貸人の地位を譲り受けたことによる賃貸借契約が存在しないことを確認する。

(3) (一)(3)に同じ

二  被告らの申立て

1  被告公団

(一) 本案前の申立て

(1) 第一事件原告らの訴及び第二ないし第五事件原告らの変更前の訴は、いずれも却下する。

(2) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(二) 請求の趣旨に対する答弁

(1) 第一事件原告らの請求及び第二ないし第五事件原告らの訴変更前の請求は、いずれも棄却する。

(2) (一)(2)に同じ

(三) 訴変更に対する申立て

第二ないし第五事件原告らの訴の変更は、いずれも許さない。

2  被告萬世ビル

(一) 本案前の申立て

(1) 第一事件原告らの訴は、いずれも却下する。

(2) 訴訟費用は、第一事件原告らの負担とする。

(二) 請求の趣旨に対する答弁

(1) 第一事件原告らの請求は、いずれも棄却する。

(2) (一)(2)に同じ

3  被告能澤製作所及び被告日東地所

(一) 本案前の申立て

(1) 第二事件原告らの変更前の訴は、いずれも却下する。

(2) 訴訟費用は、第二事件原告らの負担とする。

(二) 請求の趣旨に対する答弁

(1) 第二事件原告らの訴変更前の請求は、いずれも棄却する。

(2) (一)(2)に同じ

(三) 訴変更に対する申立て

第二事件原告らの訴の変更は、許さない。

4  被告寺田

(一) 本案前の申立て

(1) 第三事件原告らの変更前の訴は、いずれも却下する。

(2) 訴訟費用は、第三事件原告らの負担とする。

(二) 請求の趣旨に対する答弁

(1) 第三事件原告らの訴変更前の請求は、いずれも棄却する。

(2) (一)(2)に同じ

(三) 訴変更に対する申立て

第三事件原告らの訴の変更は、許さない。

5  被告吉川印刷

(一) 本案前の申立て

(1) 第四事件原告らの変更前の訴は、いずれも却下する。

(2) 訴訟費用は、第四事件原告らの負担とする。

(二) 請求の趣旨に対する答弁

(1) 第四事件原告らの訴変更前の請求は、いずれも棄却する。

(2) (一)(2)に同じ

(三) 訴変更に対する申立て

第四事件原告らの訴の変更は、許さない。

6  被告協和電設

(一) 本案前の申立て

第五事件原告らの変更前の訴は、いずれも却下する。

(二) 請求の趣旨に対する答弁

(1) 第五事件原告らの訴変更前の請求は、いずれも棄却する。

(2) 訴訟費用は、第五事件原告らの負担とする。

(三) 訴変更に対する申立て

第五事件原告らの訴の変更は、許さない。

第二当事者の主張

一  第一事件及び訴変更前の第二ないし第五事件(以下合わせて「本件旧請求」という。)

1  請求原因

(一) 原告らと旧公団との賃貸借契約

原告らは、旧公団から、一覧表の契約年月日欄記載の各年月日に、同表賃借居室欄記載の各居室をそれぞれ賃借し、そのころ引渡しを受けた。

(二) 旧公団とその余の被告らとの本件各建物の譲渡契約

(1) 旧公団と被告萬世ビルとの間では、昭和五四年一月一八日の当庁昭和四九年(ワ)第四五八号事件及び同年(ワ)第一〇六八七号事件の和解期日において、旧公団が本件建物(一)を代金一億八七四四万五八八〇円で売却し、その所有権を昭和五七年一月二五日に同日までの右代金の分割金の支払が完了していることを条件に移転する旨の本件和解(一)が成立した。

(2) 旧公団と被告能澤製作所及び被告日東地所の間では、昭和五四年一月一八日の当庁昭和四九年(ワ)第四五八号事件の和解期日において、旧公団が本件建物(二)を代金一億六一六七万二七六〇円で売却し、その所有権を昭和五七年一月二五日に同日までの右代金の分割金の支払が完了していることを条件に移転する旨の本件和解(二)が成立した。

(3) 旧公団と、被告寺田との間では、昭和五四年一月一八日の当庁昭和四九年(ワ)第四五八号事件の和解期日において、旧公団が本件建物(三)を代金四六八四万七六四〇円で売却し、その所有権を昭和五七年一月二五日に同日までの右代金の分割金の支払が完了していることを条件に移転する旨の本件和解(三)が成立した。

(4) 旧公団と被告吉川印刷との間では、昭和五四年一月一八日の当庁昭和四九年(ワ)第四五八号事件の和解期日において、旧公団が本件建物(四)を代金五二四七万一三二〇円で売却し、その所有権を昭和五七年一月二五日に同日までの右代金の分割金の支払を完了していることを条件に移転する旨の本件和解(四)が成立した。

(5) 旧公団と被告協和電設とは、昭和五四年三月一五日、旧公団が本件建物(五)を売却し、その所有権を昭和五七年五月一八日に移転する旨の本件売買契約を締結した。

(三) (二)の譲渡の無効性

(1) 譲渡行為の法令違反

日本住宅公団法施行規則(以下「規則」という。)第一五条によると、旧公団は、特別の必要があると認めるときは、建設大臣の承認を得て、賃貸住宅を賃借人、当該賃貸住宅の建設と一体として建設された日本住宅公団法(以下「法」という。)第三一条第一項第三号の施設の譲受人又は会社その他の法人に譲渡することができると定めており、右規則により、旧公団は、賃貸住宅の建物全体を収益を目的とする私人に払い下げ、その収益を目的とする管理にゆだねることはできず、仮に、右のような払下げが許されるとしても、それは旧公団が当該住宅を将来とも公団賃貸住宅として存続させ、住宅に困窮する勤労者に低廉な家賃で利用させることをやめても、なお払下げをする高度の客観的な必要性が存する例外的な場合に限られるものであり、旧公団が譲渡を必要ないしやむを得ないとする事情、譲渡により賃貸人が旧公団から民間人に変更することによる賃借人の不利益ないし不安の程度及び旧公団が賃借人の不利益ないし不安を解消するため行った措置等の諸事情が総合的に考慮されるべきである。そして、規則第一五条は一般国民をも拘束するいわゆる法規命令とされるから、これに反する譲渡契約は私法上無効というべきである。

(2) (二)の各譲渡契約の無効性

イ 旧公団は、都市部市街地公共住宅建設にあたり自ら用地を取得することが困難な場合に、土地の所有者又は借地権者(以下、合わせて「地権者」という。)とともに共同住宅兼事務所を建築するという方法を採用してきたものであるが、右共同住宅兼事務所建設のために地権者を募るにあたり、昭和三二年までは一〇年後に地権者に優先譲渡する旨の方針をとってきたが、昭和三三年及び昭和三四年には右方針を改めて将来共同住宅を他に譲渡することがあるときは地権者に譲渡する旨の方針に変更し、昭和三五年以降は譲渡に関する宣伝はしないことになった。

ロ 旧公団を除くその余の被告らは、いずれも地権者として昭和三三年以降に旧公団とともに共同住宅を建設したものであり、その譲渡について右のような確定期限による合意をしなかったにもかかわらず、被告萬世ビル、被告能澤製作所及び被告日東地所、被告寺田並びに被告吉川印刷は、旧公団に対して、旧公団の右一〇年後譲渡の宣伝があったことに藉口して本件建物(一)ないし(四)の所有権移転登記及び引渡を求める訴を提起し、これに対して旧公団が正当な理由なく不必要な譲歩をして、本件各和解を成立させたものである。また、被告協和電設は右和解の成立後、旧公団に対して右同様の要求をし、旧公団が同じく不必要な譲渡をして本件売買契約を締結したものである。

ハ 旧公団と原告ら間の賃貸借契約は、旧公団の非営利的性格から、賃料の決定、増額等について規則第九条、第一〇条によって一定の制約を受けていること、賃貸借契約の期間も契約書の文言にかかわらず実質的には期限の定めのない契約となっていること、賃貸人である旧公団から正当事由による明渡請求を行うことはないこと、公的な管理の制度が整備されていることなど、民間で一般に行われている家屋賃貸借契約とは質的に大きな相違のある契約となっているが、旧公団からその余の被告らに対して本件各建物の譲渡が行われて原告らの賃借権が通常の私人間のそれになることによって、原告らの右各利益が失われることになるのであって、原告らの被る不利益は重大である。

ニ 旧公団は、本件各建物の譲渡によって、原告らに右のような重大な不利益が生ずるにもかかわらず、右譲渡前には原告らにその交渉の状況等を全く知らせないばかりか、原告らの問合わせに対しても終始これを秘匿した。本件各和解及び本件売買契約の成立後に至り、旧公団は初めて譲渡の事実を原告ら入居者に知らせ、移転希望者への斡旋を申し出たが、その内容は、東京都内の市街地住宅は勿論、神奈川、埼玉両県の目ぼしい団地は全て移転斡旋の対象外とされており、斡旋先への入居は空家割増賃料の負担が条件とされ、移転斡旋の申入期限が短期間に限定されているなどの極めて不十分なものであった。

ホ 以上述べたところから明らかなとおり、旧公団とその余の被告らの間の(二)の譲渡契約は無効なものというべきである。

(四) 被告公団による旧公団の権利義務の承継

旧公団は、住宅・都市整備公団法によって、昭和五六年一〇月一日に解散し、同日、被告公団が設立され、同法附則第六条により被告公団は、旧公団の一切の権利義務を承継した。

(五) 原告らの訴の利益

(1) 原告らの法的地位の不安定

イ 旧公団からその余の被告らへの本件各建物の譲渡が行われることにより、原告らは旧公団との賃貸借契約における諸利益が失われることは(三)(2)ハに述べたとおりであり、さらに、既に譲渡が行われた他の公団賃貸住宅においては、殆んど例外なく短期間に賃料が数倍に増額されたうえ、譲渡人からの明渡の請求が行われ、二・三年の間に殆んどの賃借人が他に転居させられるなどの事態がおこり、右住宅は殆んど全て事務所や店舗に変容してしまっている。

ロ そして、(二)の各譲渡契約においては、本件各建物の所有権は将来移転されることになっているが、右移転は将来ほぼ確実に行われるものであるから、原告らは現在において確認の訴を提起する利益を有するものである。

(2) 原告らと旧公団との間の本件各建物の譲渡に関する債権債務

原告らと旧公団との間の賃貸借契約には、同公団の性格上、民法、借家法等の一般私法の他に、法、規則等の旧公団に関する諸法令が適用されるものであるが、さらに、規則第一五条については、その規定の趣旨及び右賃貸借契約成立の経緯から、原告らと旧公団との間の債権債務の一内容となっているというべきである。したがって、原告らは旧公団のその余の被告らに対する右規則に反する本件各建物の譲渡の差止めを求める権利を有するものというべきである。

よって、原告らは、被告らに対し、旧公団に対する賃借権に基づき、第一事件の請求の趣旨及び第二ないし第五事件の訴変更前の請求の趣旨記載の判決を求める。

2  本案前の抗弁

一 被告公団

(1) 原告らの主張する訴の利益について

原告らは、その主張を前提にしても、各賃借居室についての賃借権をもって本件各建物の譲受人である被告公団を除くその余の被告らに対抗できるものであり、原告らの請求原因(五)(1)の主張は、単なる将来の見込、危惧であり、かつ、経済的な思惑にすぎないものであって、原告らの法律上の地位に何ら不安定は存しないものというべきである。

また、原告らと旧公団との間の賃貸借契約の法律上の性質は、民法、借家法等によって規律される私法上の賃貸借契約にすぎないもので、原告らはそれ以上の何らの権利を有するものではない。

(2) 訴訟上の和解に対する無効の主張について

イ 一般に、訴訟上の和解については既判力が認められ、それについての瑕疵の主張は再審事由に限り、かつ、再審手続においてのみ許されるものというべきであるから、第一事件原告らの訴及び第二ないし第四事件原告らの変更前の訴は不適法である。

ロ 仮にそうでないとしても、訴訟上の和解は少なくともその当事者間では既判力を有するものであり、それによって当事者以外の第三者の権利が侵害された場合には、その具体的な権利侵害について救済を図れば十分であるから、第一事件原告らの訴及び第二ないし第四事件原告らの変更前の訴のように包括的に訴訟上の和解の無効確認を求める訴は不適法である。

ハ また、仮に、本件各和解が無効であるとすれば、それらによる訴訟終了の効果が失われることになって、従前の訴訟が係属することになるから、その訴訟手続に参加することなく、別訴をもって右各和解の無効を主張する第一事件原告らの訴及び第二ないし第四事件原告らの変更前の訴は二重起訴に準じ不適法である。

(3) 原告らのうち七名の当事者適格の欠缺について

第一事件原告久保田明子、同冨沢芳枝及び同内田恒雄、第二事件原告羽村金十郎、同中村孝三、同佐藤紀並びに第四事件原告青柳幸司は、いずれも旧公団と賃貸借契約を締結した事実がないので、原告らの主張を前提にしても、当事者適格を有しない。

(4) 建物所有権の移転による訴の利益の消滅

被告能澤製作所、被告日東地所、被告寺田及び被告吉川印刷は、いずれも請求原因(二)(2)ないし(4)記載の分割金の支払を完了して、昭和五七年一月一八日に被告公団からそれぞれ本件建物(二)ないし(四)の所有権の移転を受け、また、被告協和電設は請求原因(二)(5)のとおり同年五月二八日に被告公団から本件建物(五)の所有権の移転を受けたので、第二ないし第五事件原告らの変更前の訴は、その目的を失ったことになり、訴の利益は消滅した。

(二) 被告萬世ビル、被告能澤製作所、被告日東地所及び被告吉川印刷

(1) 第一、第二及び第四事件原告らの主張する訴の利益について

(一)(1)記載のとおり

(2) 訴訟上の和解に対する無効の主張について

(一)(2)記載のとおり

(3) 建物所有権の移転による訴の利益の消滅

同(一)(4)記載のとおり被告能澤製作所、被告日東地所及び被告吉川印刷がそれぞれ本件建物(二)及び(四)の所有権を被告公団から取得したことにより、第二及び第四事件原告らの変更前の訴は、その利益を喪失した。

(三) 被告寺田

(1) 第三事件原告らの主張する訴の利益について

(一)(1)記載のとおり

(2) 建物所有権の移転による利益の消滅

(一)(4)記載のとおり被告寺田が本件建物(三)の所有権を被告公団から取得したことにより、第三事件原告らの変更前の訴は、その利益を喪失した。

(四) 被告協和電設

(1) 第五事件原告らの主張する訴の利益について

(一)(1) 記載のとおり

(2) 建物所有権の移転による訴の利益の消滅

(一)(4)記載のとおり被告協和電設が本件建物(五)の所有権を被告公団から取得したことにより、第五事件原告らの変更前の訴はその利益を喪失した。

3  請求原因に対する認否及び反論

(一) 被告公団

(1) 請求原因(一)の事実中、2(一)(3)記載の原告らが旧公団から各賃借居室を賃借したことは否認するが、その余の事実は認める。

(2) 同(二)の事実中、(1)ないし(4)の事実はいずれも認める。(5)のうち契約締結日は否認するが、その余の事実は認める。

(3) 同(三)の事実中、同(2)イ及び同ロのうち、旧公団を除くその余の被告らがいずれも地権者として昭和三三年以降に旧公団とともに共同住宅を建設したことは認めるが、同ロのその余の事実は、否認する。同ハのうち、旧公団が規則第九条、第一〇条に拘束されること及び公的な管理の制度が整備されていることは認めるが、その余の事実は不知、同ニの事実は否認する。

原告らの主張に対する反論は、次のとおりである。

イ 規則第一五条は旧公団の運営等を内部的に規制する行政命令であって、直接原告ら及び旧公団を除くその余の被告らに対して効力を有する法規命令ではないと解するべきであるから、何ら私法上の効力を有するものではないということができる。

ロ 仮にそうでないとしても、旧公団のその余の被告らに対する本件各建物の譲渡契約は規則第一五条に適合し、有効である。

(イ) 請求原因(三)(2)イの旧公団の方針は、法第三一条第三項を根拠に既成市街地において土地の高度利用、建物の不燃化、生活施設、街区の整備・改善等を図りつつ、利便性の高い住宅を供給するため、店舗、事務所のいわゆる市街地施設を公団住宅と一体的に建設することを目的として策定されたものである。

(ロ) 旧公団がその余の被告らとともに本件各建物を建設するために、同被告らが旧公団に対して市街地施設の譲渡を求めた経過は別紙譲渡契約等一覧表記載のとおりであって、右被告らはいずれも昭和三二年中に譲渡申込を行っている。旧公団は、昭和三三年八月二九日に一〇年後譲渡から将来譲渡へと方針を変更したが、この変更が旧公団内部に徹底したのは同年九月末であって、被告公団以外の被告らはいずれもそれ以前に譲渡申込を終えていたものである。

(ハ) 被告協和電設を除く右被告らは、旧公団に対し、いずれも旧公団との間に賃貸住宅の一〇年後譲渡の約定があったとして当庁昭和四九年(ワ)第四五八号、第一六六三号及び第一〇六八七号事件を提起し、本件建物(一)ないし(四)について建物引渡及び建物所有権移転登記手続を請求した。その審理の過程で裁判所から和解を勧告されたので、旧公団はその意向を尊重して慎重に検討した結果、(ロ)の事情と右事件の審理の経過等からみて、被告協和電設を除く右被告らについては譲渡申込に先立つ説明等の折衝が賃貸住宅の一〇年後譲渡の前提に立って行われ、この説明等により譲渡申込が行われたものと認めざるを得ないものと判断し、旧公団の当時の予算の都合で譲渡契約の締結の時期が昭和三三年度に繰り延べられた者があることも考慮して、賃貸住宅を譲渡する方針で和解を進め、建設大臣の承認を得て本件各和解契約を締結したものである。

(ニ) その後、旧公団は、右訴訟の当事者以外にも右同様の事情にあったものと認められる市街地施設の譲受人で賃貸住宅の譲受を希望する者についても同一に取り扱うこととし、被告協和電設について(ロ)の事情から譲渡を相当と判断して昭和五三年九月二〇日に建設大臣の承認を得て本件売買契約を締結したものである。

(ホ) 旧公団は被告公団を除くその余の被告らとの本件各建物の譲渡契約を締結した時点で原告らを含む賃借人に対して建物を譲渡すること、譲渡後も引き続き居住できること及び転居を希望する者については他の公団賃貸住宅への移転又は公団分譲住宅の譲渡の斡旋等を行うことを通知し、右契約成立後所有権移転までの三年間に転居の斡旋についての説明会を開催して詳細な説明を行うとともに、住宅変更の希望を調査して斡旋に着手しており、転居の際の運送料、雑費の支払及び修繕費の負担を行っている。転居を希望しない賃借人が所有権移転後も引き続き居住する場合には敷金を譲受人であるその余の被告らに引き渡すとともに、その借家権価額を譲渡代金から減額することとしている。したがって、旧公団は、原告らに対し譲渡契約締結後もでき得る限りの配慮をしている。

(二) 被告萬世ビル、被告能澤製作所被告日東地所及び被告吉川印刷

(1) 請求原因(一)、(二)(1)、(2)及び(4)の事実はいずれも認める。

(2) 同(三)の事実中(2)イ及び同ロのうち被告萬世ビル、被告能澤製作所、被告日東地所及び被告吉川印刷がいずれも地権者として昭和三三年以降に旧公団とともに共同住宅を建設したことは認めるが、ロのその余の事実は否認する。同ハの事実は否認する。同(四)の事実は不知

原告らの主張に対する反論は、次のとおりである。

イ 右被告らと旧公団との間の本件和解(一)、(二)及び(四)はいずれも規則第一五条の要件を充足し、適法なものである。

(イ) 右被告らは旧公団の用地確保の方策としての請求原因(三)(2)イの賃貸住宅の一〇年後譲渡の方針に魅力を感じて旧公団に公団住宅用地の提供を申し出たものであって、旧公団との間に一〇年後譲渡の合意が成立したものである。旧公団は右方針に基づき他の地権者らに賃貸住宅の譲渡を行いはじめたが、その後右譲渡が履行されなくなったので、右被告らは右合意の履行を求めて当庁昭和四九年(ワ)第四五八号建物引渡、登記手続請求訴訟を提起して、その主張立証を終えた後、裁判所の勧告により建設大臣の承認を得て本件和解(一)、(二)及び(四)を締結したものである。

(ロ) 第一、第二及び第四事件原告らが各賃借居室を旧公団の個別原価主義に基づく低廉な賃料で賃借することができたのは、右被告らが賃貸住宅の一〇年後譲渡の合意を条件として、低廉な賃料、権利金及び敷金等の不授受等の約定で旧公団に敷地を賃貸するという右被告らの二〇年以上の間の犠牲に基づくものである。

ロ (一)(3)イ記載のとおり。

(三) 被告寺田

(1) 請求原因(一)の事実は、知らない。

(2) 同(二)(3)の事実は、認める。

(3) 同(三)(2)イ及びニの事実は不知。同ロの事実は否認する。

原告らの主張に対する反論は、次のとおりである。

被告寺田は、旧公団から昭和三二年六月に「公団アパート付商店、事務所(昭和三二年)」と題するパンフレットによって賃貸住宅の一〇年後譲渡の内容を含む市街地住宅建設に関する説明及び勧誘を受け、同年一〇月二五日付で旧公団に対して同年度特定分譲施設等譲受申込を行い、同年一二月一七日旧公団から右申込に対する承認を得て右住宅建設取引に関する基本的法律関係を成立せしめたものであり、これに基づいて旧公団との間で本件和解(三)を締結したものであるから右和解は規則第一五条に適合した有効なものである。

(四) 被告協和電設

(1) 請求原因(一)の事実は、知らない。

(2) 同(二)(5)の事実中、契約締結日及び所有権移転時期を除き、その余の事実は認める。おって、契約締結日及び所有権移転時期は昭和五四年五月二八日及び昭和五七年五月二八日である。

(3) 同(三)(2)イ及びニの事実は不知、同ロ及びハの事実は否認する。

イ 原告らの主張に対する反論は、次のとおりである。

(一)(3)イ記載のとおり。

ロ 仮にイのとおりでないとしても、被告協和電設と旧公団との間の本件売買契約は規則第一五条に適合し、有効なものである。

(イ) 被告協和電設は、旧公団から旧公団が賃貸住宅の一〇年後譲渡の方針を採用していた昭和三二年に同方針を含む公団住宅の用地提供等契約の申込の誘引を受け、同年一二月二三日に旧公団に対して特定分譲施設譲受申込を行い、昭和三三年五月二三日に右方針を継続したまま旧公団から右申込の承継を得て、同年七月二三日に土地賃貸借契約を締結し、同年九月一九日に特定分譲施設譲渡契約を締結した結果、右用地提供等契約が成立したものである。

(ロ) 被告協和電設は、(イ)の事情に基づき旧公団に対し昭和五三年八月一四日及び昭和五四年一月二〇日に賃貸住宅の譲受の申込をした結果、旧公団が規則第一五条第二項により譲渡の対価及び方法についても建設大臣の承認を得たうえ、同年五月二八日に本件売買契約を締結したものである。

(ハ) 旧公団及び被告協和電設は、本件売買契約による本件建物(五)の譲渡において、賃貸住宅の所有権の移転を契約締結から三年間留保しているほか、(一)(3)ロ(ホ)記載のとおり賃借人である第五事件原告らの便宜を十分配慮している。

二  訴変更後の第二ないし第五事件(以下、合わせて「本件新請求」という。)

1  請求原因

(一) 第二ないし第五事件原告らの旧公団との賃貸借契約

本件旧請求の請求原因(一)記載のとおり(ただし、第一事件原告らに関する部分を除く。)

(二) 旧公団と第二ないし第五事件の被告公団を除くその余の被告らとの譲渡契約に基づく本件建物(一)ないし(四)の所有権の移転

旧公団は第二ないし第五事件の被告公団を除くその余の被告らに対し、本件旧請求の請求原因(二)(2)ないし(5)のとおり、それぞれ本件建物(二)ないし(五)を譲渡する旨の契約を締結したが、第二ないし第五事件の被告公団を除くその余の被告らはいずれも分割金の支払を完了して昭和五七年一月一八日に被告公団からそれぞれ本件建物(二)ないし(五)の所有権の移転を受け、また、被告協和電設は同年五月一八日に被告公団から本件建物(五)の所有権の移転を受けた。

(三) 右(二)の譲渡の無効性

本件旧請求の請求原因(三)記載のとおり(ただし、第一事件原告らに関する部分を除く。)。

(四) 被告公団による旧公団の権利義務の承継

同(四)記載のとおり。

(五) 確認の利益

(1) 同(五)(1)記載のとおり(ただし、第一事件原告らに関する部分を除く。)。

(2) 第二ないし第五事件の被告らは、(二)の本件建物(二)ないし(五)の譲渡及び所有権移転が有効であるとして、被告公団は第二ないし第五事件原告らとの(一)の賃貸借契約の不存在を主張し、第二ないし第五事件の被告公団を除くその余の被告らは右各事件原告らとの間の右賃貸借契約を承継したと主張している。

(3) さらに、右原告らには次のとおり具体的な法的地位の不安定が生じている。

イ 被告能澤製作所及び被告日東地所は、第二事件原告らの代表者に対し、昭和五七年一一月八日に月額賃料を現行の三倍以上の六万円とし、今後も二年毎に一万円ずつ増額して新入居者と同様の一〇万円としたい旨の申入をした。

ロ 第三事件原告らに対する賃料増額の明確な意思表示はないが、被告寺田は新規の賃借人からは月一二万円という極めて高額な賃料を徴収しており右原告らは賃料増額に対する不安におののいている。

ハ 被告吉川印刷は、昭和五七年一〇月六日、第四事件原告らに対して賃料、共益費とも一挙に約二倍に増額する旨の通告を行い、右原告らが右通告を拒否すると法的手段に訴えることを宣言した。右原告らは現在従前の賃料額を供託中である。

(六) 訴の変更の適法性

本件旧請求及び新請求は、前法律的な生活関係が同一の紛争関係にあり、法律的な争点においてもともに本件和解(二)ないし(四)及び本件売買契約の効力が問題となっているものであるから、右請求は請求の基礎に同一性があり、かつ、訴の変更により訴訟手続の遅滞を生じさせることはないものというべきである。

よって、原告らは第二ないし第五事件の被告らに対し第二ないし第五事件の訴変更後の請求の趣旨記載の判決を求める。

2  請求原因に対する認否及び反論

(一) 被告公団

訴の変更の不適法性

本件旧請求は、旧公団と被告公団を除くその余の被告らとの間の本件各建物の所有権の移転に関するものであったところ、本件新請求は、それまで争点になっていなかった賃貸借契約の存否が訴の対象とされるものであって、請求の基礎に同一性がないうえ、本件訴の変更は本件旧請求についての訴の適否を裁判所が判断すべき時期に行われたものであって、訴訟手続を著しく遅滞させるものというべきである。

(二) 第二ないし第五事件の被告公団を除くその余の被告ら

本件新請求は本件旧請求と同様、訴の利益を欠く不適法なものである。

第三証拠《省略》

理由

一  本件旧請求について

まず、本件旧請求の訴の適否について判断するに、原告らの本件旧請求は、旧公団と被告公団を除くその余の被告らとの間で本件建物(一)ないし(五)について締結された本件和解(一)ないし(四)及び本件売買契約を内容とする各譲渡行為が無効であることを前提として、右各建物の所有権移転の効力が発生する前の段階で、被告公団とその余の被告らとの間の右所有権移転に関する債権債務の不存在の確認を求めるものであるが、その実体は、原告らと旧公団との間の建物賃貸借契約関係が旧公団の公共的、非営利的な性格に基づいて、社会一般における賃貸借契約関係に比し、賃料、賃貸借期間、敷金その他の賃貸条件において原告らに有利な内容を有するにもかかわらず、右譲渡により右被告らが原告らの賃貸人になることによって右条件が原告らにとってより不利なものとなるおそれを未然に防止しようとして提起したいわゆる予防訴訟であるというべきである。しかしながら、具体的、現実的な争訟の解決を目的とする現行民事訴訟制度の下においては、右被告らが本件各建物の所有権を取得し、原告らに対する賃貸人としての地位を承継した後に賃料その他の具体的な賃貸条件の変更をめぐっての現実の紛争に関する争訟の中で、(多くの場合は本件の原告らがその訴訟の被告として)右譲渡の有効性を争って訴訟を遂行することによったのでは回復しがたい重大な損害を被るおそれがあるなど、予防訴訟において事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情のない限り、原告らには予め右の被告公団とその余の被告らとの間の右各建物の所有権の移転に関する債権債務の不存在の確認を求める法律上の利益を認めることはできないものというべきである。そして、右の理は、規則第一五条が旧公団との賃貸借関係上の債権債務の一内容をなしているとの原告らの本件旧請求の請求原因(五)(2)記載の主張を前提にしても変わらないものというべきである。これを本件についてみるに、右の特段の事情については原告らは何ら主張立証しないところであるから、本件旧請求は訴の利益の認められない不適法なものといわざるをえない。

二  本件新請求について

1  訴変更の適否について

本件新請求は、右一に述べた本件訴訟の紛争の実体を前提に本件和解(二)ないし(四)における期限の到来及び条件の成就並びに本件売買契約における期限の到来による被告公団から第二ないし第五事件の被告公団を除くその余の被告らにそれぞれ本件建物(二)ないし(五)の所有権が移転して同被告らが原告に対する賃貸人としての地位を承継したことに基づき、右和解及び売買契約の無効を理由として右事件原告らと被告公団との間の賃貸借関係の存在及び同原告らとの間の賃貸借関係の不存在の各確認を求めるものであるので、紛争の社会実体及び請求における法律的争点において本件旧請求と軌を一にするうえ、右所有権及び賃貸人の地位の移転は被告らがそれぞれ本案前の抗弁として主張した事実であり、本件訴の変更は請求の基礎の同一性の範囲内において行われ、訴訟手続の著しい遅滞を生ぜしめるものともいえないので、適法なものというべきである。

2  訴の適否について

右1のとおり本件新請求は、第二ないし第五事件原告らの被告公団に対する賃借権の存在及び原告らと被告公団を除くその余の被告らとの間に賃貸借関係のないことの確認を求めるものであるが、右各事件の被告公団を除くその余の被告らは右各事件の原告らの賃借権の存在を否定し争っているわけではなく、逆に、右被告らは原告らとの間の賃貸借関係の存在を肯定しているのであるから、賃貸借関係について争いがあり、賃貸人が賃借権を否定するため賃借人らにおいて現実の居住等に不安を生じている場合の賃借権確認訴訟と同列にその訴の利益を論ずることはできない。そして、本件新請求の実体は右1に述べたとおり本件旧請求と同じく右被告らによる賃料、賃貸借期間その他の具体的、個別的な賃貸条件の変更を一般的かつ未然に防止するための予防訴訟であることは、本件新請求において本件建物(二)ないし(五)の所有権が移転し、賃貸人の地位が承継された後であることを考慮してもなお同様であるというべきである。したがって、右一に述べたところと同様の理により本件新請求もまた同様の特段の事情のない限り、不適法であることを免れ得ないものというべきところ、本件新請求の請求原因(五)において主張される事実をもってしては、いまだ右特段の事情を充足するものとはいえず、結局、本件新請求もまた訴の利益を欠き不適法といわざるをえない。

三  結論

以上のとおりであるから、原告らの本件旧請求及び第二ないし第五事件原告らの本件新請求はいずれも不適法としてこれらの訴を却下することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 元木伸 裁判官 河野信夫 裁判官高橋徹は、海外出張中につき、署名、押印することができない。裁判長裁判官 元木伸)

〈以下省略〉

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